09.08月05日 | ||
RFIDを生かした“顧客目線”の業務改革を! | ||
首都圏を中心にフィットネス・クラブを展開しているティップネスは、電子マネー機能「Edy」を搭載したRFIDタグを活用して顧客の行動データを収集し、顧客データベースを再構築することで、新たな価値を生み出すデータ・マイニング・プロセスの整備を図っている。導入コストなどの“壁”に阻まれて、なかなか普及が進まないRFIDだが、同社の取り組みを見ると、RFIDには、そうした壁を乗り越えるに値するだけの価値と可能性が秘められていることがうかがえる。本稿では、ティップネスの事例を通して、情報システムの一部としての、RFIDの“生かし方”に迫りたい。 多様な顧客情報を収集するために ティップネスの営業企画部長、上野和彦氏(写真右)と営業企画部 課長、阿南知明氏(写真左)。両氏は、情報システム部門をリードしながら、ティップネス横浜店にRFIDシステムを導入した photo by Keiji Kaneda 昨今、健康意識の高まりに伴って、余暇を利用してランニングやサイクリング、ヨガなどに取り組む人が増加している。1987年に1号店となる渋谷店をオープンして以来、首都圏を中心にフィットネス・クラブを展開・運営してきたティップネスは、そうした“健康ブーム”に乗じて、さらなる事業拡大をねらっている。そして、そのための武器として同社が活用しようとしているのが、ほかならぬRFID(Radio Frequency Identification)なのである。 ティップネスはかつて(2001年)、丸紅の子会社であった同業のレヴァンを吸収合併し、会員数と店舗数を一挙に拡大させたことがあった。だが、そのときは、ブランドの統一と規模の拡大にリソースを集中しすぎた結果、顧客サービスの充実といった“顧客目線”の対応が手薄になってしまい、合併によるシナジー効果が期待したほどには業績に表れなかった。 同社の営業企画部長、上野和彦氏は、そうした当時の状況を、次のように振り返る。 「(当時は)経営を合理化することやインフラを整備することにエネルギーを使いすぎており、顧客のほうを向くゆとりがなかった。そのため、合併後に徐々に顧客数が減少するという事態に直面することになってしまった」 この事態に危機感を募らせたティップネスは、2003年ごろから顧客目線での経営改革に乗り出すことになった。組織構造の見直しからマーケティング手法の変更に至るまで、その内容は多岐にわたるが、なかでも特筆すべきは、顧客情報のデータ・マイニングに関する取り組みであった。 上野氏によれば、フィットネス業を営む企業にとって基本となる顧客情報は、「性別」「年齢」「住所」の3つから成る属性情報であり、ティップネスにおいては、なかでも住所情報をベースにしたマーケティング活動を行っているという。また、それらを基本としながらも、不定期に実施するアンケートなどを通して、顧客の情報にところどころ肉づけをしていくというのが、同社の標準的な顧客情報収集法であった。そのようにして集めた顧客データをマイニングすることで、顧客のニーズや傾向などを分析していたわけである。 しかしながら、こうした顧客情報の収集方法をとっていたのではどうしても利用のしかたが限定的にならざるをえず、入会者の新規獲得に軸足を置くビジネス・モデルだからこそかろうじて通用していると言えた。そのため、市場競争が激化し、顧客をいかに“定着”させるかが成長のカギを握るようになるにつれて、ビジネス・モデルを変更する必要性が生じてきたのである。 「属性情報だけでデータ・マイニングをすることに限界を感じるようになり、ITを活用して顧客の『行動データ』を収集し、より的確な顧客分析を行える土壌を整備する必要が生じてきた」(上野氏) そうした考えの下、2004年ごろからは、ITを駆使したデータ・マイニング・プロセスを社内に整えるべく、必要なITシステムの構築やITスキルの蓄積が進められることになった。その一環として、多岐にわたる顧客情報を効率的に収集すべく、2009年4月にオープンしたティップネス横浜店に導入したのが、電子マネー機能「Edy」を搭載したリストバンド型RFIDタグだったのである。 サービス提供モデルの革新をねらう 「これからのフィットネス・クラブでは、日常生活とフィットネスとをより緊密に結びつけるためのサービスを顧客に提供する必要がある」と語る上野氏。氏は、それを実現するために、RFIDを利用して顧客の行動データを取得することの重要性を力説する photo by Keiji Kaneda ティップネスがRFIDを導入した最大の目的は、上述したように、顧客の行動データを収集し分析するための基盤を整備するというものであったが、それ以外に、施設内における顧客の利便性を向上させたり、将来的なフィットネス業界の変遷に対応したりしようという目的もあった。 「フィットネス・クラブのサービス提供モデルは、例えば、運動プランを作成して指導するといったような、基本的に施設内で完結するモデルであり、施設外でのサービス提供につながる取り組みを行うことは難しかった。だが、当社としては、(顧客を定着させるうえでも)これからは日常生活とフィットネスとをより緊密に結びつけるようなサービスを提供する必要が出てくると考えた」(上野氏) そこで目をつけたのが電子マネー機能であった。これまでにも、施設内限定の電子マネー機能を搭載したRFIDタグを導入しているスパ施設は珍しくないが、ティップネスが採用しようとしたのは、広く普及しており、日常生活でも使えるEdy機能を搭載したRFIDタグであった。また、情報漏洩を防ぐことのできる高いセキュリティ性能を備え、さまざまな運動にも耐えられるようなリストバンド型のRFIDタグであれば、さらに申し分ないと考えていた。 そうした同社の要望を全面的にくみ取ってくれたのが、トッパン・フォームズであったという。 「選定にあたって、さまざまなベンダーのRFIDを見てきたが、Suicaで使われているFelicaベースの高いセキュリティ性能と汎用的な電子マネー機能を搭載した製品を提案してくれたのがトッパン・フォームズであったため、同社の製品を採用することにした」(ティップネスの営業企画部 課長、阿南知明氏) また、ティップネスでは同時に、カシオ情報機器が提供するRFIDタグと連動したロッカー開閉システムを導入することで、ロッカー錠も不要にした。 さらに、施設内で使用するRFIDタグは顧客個人の所有物となるため、施設外でのランニングや日常生活において、搭載されているEdy機能を自由に利用することもできる。 コスト・ベネフィットをどうとらえるか 「RFIDの導入を企画してから実現するまでに3年ほどもかかったが、その間に何度も頓挫しかけた」と語る阿南氏。氏は、上野氏と共に、RFIDがもたらす“真の価値”を訴えることで、新規投資を躊躇する経営陣を説き伏せた photo by Keiji Kaneda 「顧客目線での経営改革」という至上命題があったため、ティップネスでは一見、RFIDをスムーズに導入できたように映るが、現実には、同社でも、「コスト」というRFID導入の“壁”には悩まされ続けてきた。実際、プロジェクトが頓挫しそうになったことも1度や2度ではないという。そのために、「企画から導入まで3年ぐらいかかった」(阿南氏)ほどだ。 また、導入コストの高さだけでなく、RFIDで行動データを取得しても、それを有効活用するためのノウハウが社内に蓄積されていなかったことも、経営陣が首を縦に振らない理由になっていた。 これに対し、上野、阿南の両氏は、将来的なフィットネス・クラブのサービス提供のあり方や顧客マーケティングの重要性といった観点から、店舗を新設する際にRFIDを導入することの意義を訴え、最終的に経営陣を説き伏せることに成功した。 「店舗を新設する場合、1店舗当たりおよそ10?15億円の投資が必要になる。それを12、3年かけて回収していくというのがフィットネス・クラブの基本的なビジネス・モデルになるわけだが、その際、顧客目線を重視した新しいチャレンジによって得られるベネフィットと、それに伴うリスクとを天秤にかけて、どちらに重きを置くべきであるかを経営陣に訴えた」(上野氏) 今回、ティップネスが横浜店に導入したRFIDタグと関連システムに対する投資額は1億円を超えており、同社にとっては決して小さな額ではない。だが、顧客を定着させるという目的を達成するためには、多少のリスクはあっても、絶対に必要な投資であるということを、最後には経営陣も納得したというわけだ。 顧客データベースの再構築に向けて 先にも述べたように、ティップネスの最終的な目標は、「顧客の日常生活と密接にかかわるフィットネス・クラブの運営」にある。それを実現するために、同社では、「電子マネーの採用」「電子ロッカー・システムの導入」「顧客の行動データ収集システムの構築」「顧客の電子カルテ作成」──というITを活用した4つの構想を掲げている。 電子マネーおよび電子ロッカー・システムは、まだ横浜店のみであるとはいえ、すでにRFIDを導入することによって実現している。また、残りの2つは、現在、システム化に向けて具体的な構想を練っている段階である。 例えば、顧客の行動データ収集システムについて言えば、ティップネスでは現在、各店舗に設置しているPOS端末をシン・クライアント化し、属性情報を中心とする顧客情報を本社で一元管理している。それを今後は、RFIDで得た顧客の行動データを既存の顧客データベースに統合し、新たな価値の創造につながるデータ・マイニング・プロセスとして整備していこうとしているのである。 「今でも、顧客データをデータベース上で一元管理してはいるものの、保有する情報を有機的に結びつけたり、分析したりということになると、まだ十分にはできていない。RFIDで収集した行動データを統合する際には、顧客データ全般にわたってデータベース基盤の再構築を行うつもりだ」(上野氏) 顧客データといってもさまざまなタイプがある。これまでに述べてきた属性データや行動データ以外にも、例えば、生活スタイルに関するデータや身体に関するデータなど、フィットネス関連だけでも、たくさんの種類のデータがあるわけだ。ティップネスが最終的に目指しているのは、そうした多様な顧客情報を一元化し、データ・マイニング・プロセスを通して、顧客ごとにカスタマイズしたサービスを提供できるようにすることなのである。 そして、それを実現するために欠かせないのが、最後に残った構想「電子カルテ」というわけだ。自宅などフィットネス・クラブ以外の場所でも、Webを介して顧客が自身の電子カルテを自由に閲覧できるようになれば、フィットネスに対する意識が高まると同時に、ティップネス側としても、電子カルテを通してカウンセリングやカスタマイズした運動メニューなどを顧客へ随時提供することが可能になる。 同社では現在、電子カルテの本格的な展開に向けて運動メニューの一部を電子化(ベータ版)するなど、コンテンツの内容や運用面での評価を進めているところである。 これからが本番 ティップネスが描く、RFIDを生かした顧客情報の活用戦略は、現在、それを収集するためのインフラを整備している段階であり、取り組み範囲はまだ限定的だと言える。 だが、その一方で、RFIDを導入したことによって顧客の利便性が向上し、「キャッシュレス化による施設内の自動販売機の売上げ増」、「ロッカー開閉に伴うエラーの減少」(ロッカーは、通常4ケタの暗証番号を設定する必要があるが、それを失念してしまうユーザーが少なくない)といった効果がすでに出始めているという。 こうしたことをにらんで、ティップネスでは、横浜店に続く第2弾として、今年9月にオープンする「TIPNESS MARUNOUCHI STYLE」でもRFIDの導入を決めるなど、前述した最終目標の達成に向けて着々と歩を進めている。 「顧客目線でサービスを考える営業企画部主導のプロジェクトとして、情報システム部門と協力しながら、これからも都心を中心に新規店舗・既存店舗の両方でRFIDを導入し、顧客情報を一元化するための土壌を整備していきたい」(上野氏 |