09.03月26日 | ||
アメリカで誕生したがん患者のための美容ワークショップとは | ||
「Look Good…Feel Better」という組織があるのをご存知だろうか。がん患者のための美容ワークショップを無料で提供するアメリカ発の慈善団体で、発足は1989年。がんに侵された女性患者が、疾患や治療にともなう「外見の変化」によって、深刻な精神的ダメージを受けるのを目にしたあるドクターが、アメリカの美容関連企業団体「Personal Care Products Council」の当時の会長に相談を持ちかけたのがきっかけだった。 はじめはたった一人の患者相手にメイクのレッスンを提供。すると外見そのものだけでなく、患者の心理に与えるポジティブな効果は驚くほどだったという。それが「Look Good…Feel Better」の創設につながったそうだ。 当初、「Look Good…Feel Better」はニューヨークとワシントンDCでスタートした。その後、趣旨に賛同する化粧品会社やレッスンを提供するボランティアに恵まれ、また患者からの反響も大きく、順調に発展、現在ではアメリカすべての州で展開している。やがて、世界に18の支部を持つほどの規模に成長した。 さて、スイスでも2005年の12月に支部が発足。立ち上げたのは長年化粧品業界でキャリアを積んだ経験を持つオランダ人の女性だ。現在(2009年1月の統計)にいたるまで188のワークショップが開催され、参加した患者ののべ総数は1242名に上る。チューリッヒ、ジュネーブ、ベルン、バーゼルなど10都市で定期的にワークショップが展開されている。 会の運営を成り立たせているのはパートナー企業や団体からの寄付と商品提供、そしてボランティアでサービスを提供するプロのメイクアップアーチストやエステティシャンたち。14の病院やクリニックと提携し、2時間にわたるワークショップを定期的に開催。ワークショップへの参加者は最大8人。着席した一人ひとりの目の前には、化粧ポーチが置かれており、それを実際に使いながら講習がスタート。アドバイザーの丁寧な説明を受けながら、クレンジング→下地→メイク、と手順を踏んでいく。 最初はお互い知らない者同士ということもあり、またつらい治療期間中ということもあって、一人ひとりの表情には緊張感が漂っている。それが講習が進むにしたがって、次第に雰囲気がやわらいでいくのが手に取るようにわかる。「邪魔だから、これ、取っちゃいましょう」そういって一人がカツラをはずすと、「あら、だったら私も」と、他の参加者も次々にカツラを取り外す。 ファンデーションを塗るのは「生まれてはじめて」という参加者も案外多く、恐る恐る、リキッドファンデーションを肌になじませ、鏡でチェック。抗がん剤の副作用で抜けてしまった眉毛を、アドバイザーの説明にしたがってきれいに描くと、表情がきりりと引き締まり、まるで別人だ。チークの入れ具合、口紅の色についても、互いに感想を述べ合うなど、いつしか会場に和気あいあいとしたクラスメート同士のような連帯感が生まれている。 「とても落ち込んでいましたが、ここでメイクをしたことで、以前の私を取り戻せたような気がします」 「なにより楽しいし、病気によってネガティブになりがちな心身への効果的な対処法だと思いました」 「ほんの少しの手段で、こんなに大きな効果がもたらされることに、大変驚きました」 「他の女性患者たちと出会い、この体験を共有したことがとても楽しかったです」 参加者の声からは、この活動がいかに有意義であるかが伝わってくる。 講習のアドバイザーは、化粧品を手に取りながら、わかりやすく説明をするが、患者の肌に直接触れることはない。抗がん治療や、病そのものの影響で、患者の肌が過敏になっているようなこともあり得るため、こうした「お約束ごと」が細かく定められているのだという。 この組織にボランティアとして参加している日本女性がいたので話をきいてみた。チューリッヒ州でエステサロンを構えるラウホ美生さんは、新聞で目にしたボランティア募集の告知をみて、趣旨に興味をもったのが参加のきっかけだったという。履歴書を送るよう依頼され、次いでがん患者の置かれている身体的・精神的な状態についての医学的な説明や、実際の講習のマニュアルについてもしっかり指導を受けたのち、晴れてワークショップに参加。 ボランティアとして定期的に講習会のアドバイザーをつとめるのはチューリッヒでエステサロンを経営するラウホ美生さん。他にも在スイス邦人のための医療ボランティア団体に参加したり、日本では「かづきれいこ」の講習に参加するなど、「癒しとしての美容」は彼女のライフワークでもある。 [画像のクリックで拡大表示] 「初めてのワークショップのボランティアの時に、たぶん私と同年代と思われる女性が帰り際に言ったことがとても印象的でした。彼女いわく、“がんになってから精神的なダメージも大きかったけど、何しろ突然検査だ、入院だと肉体的な消耗に加え、経済的な消耗もかなりで、そういう心配でもかなり滅入っていた。それだけに今日の集まり、そしていただいた化粧品に込められた『貴女のためにプレゼントするよ!』というメッセージが、本当に嬉しかった”と。 落ち込んで孤独に闘っている方にはこういう取り組みがすごく必要なのだということを痛感した言葉でした」 この組織は今のところ欧米を中心に発展しており、アジア地域で支部があるのはシンガポールのみ。日本でもお年寄りや病気の人を対象に似た趣旨の活動をしている個人や団体はあるが、国産化粧品ブランドが林立し、またすぐれた技術の持ち主もたくさんいる土壌で、Look Good…Feel Betterが活躍できる場面は決して少なくないはずだ。 |