13.02月04日 | ||
ICTから生まれる美容業界の未来 | ||
1. 富士通が美容業界に参入? 化粧品は、不景気の影響は受け難く、逆に好景気になると真っ先に影響を受ける代表的な業界と言われている。それだけ女性は、美容に対して関心が高く、景気に関わらず、化粧品は生活から切り離せない存在であるとことがわかる。化粧品に代表される美容業界では、最近興味深いニュースがいくつか挙げられる。 ?資生堂は、総合美容サービスの新サイト「ワタシプラス(watashi+)」を開設すると同時に、オンラインショッピングも展開した。資生堂も、いよいよECへ本格的に参入し始めた。 ?パナソニックが「目元エステ」や「Doltz」など、次々と新しい美容家電を市場に出して話題となった。 ?アイスタイル、化粧品の口コミサイト@cosmeを、webサイトやi-modeサイトのみならず、スマートフォンによるアプリサービスをスタートした。 美容業界のプレイヤーが新たな取り組みに挑戦する中、2012年11月末の富士通のニュースリリースは、マスコミを多いに賑わせた。富士通が、肌の状態を測定するスマホアプリのプラットフォームサービス「肌メモリ」を発表したからだ。「肌メモリ」は、スマートフォンのカメラで撮影した肌画像を解析し、毛穴やシミの状態、肌の色といった肌情報を定量化するものだ。富士通もまた、美容に関わるビジネスに挑戦し始めた。 このような傾向から、これまで化粧品やエステなどのサービスが主役であった美容業界もまた、生活者へのICTの浸透に伴ってICTに着目し始め、これまでにない新たな価値を生み出そうとしているよう思える。 富士通といえば、携帯やパソコンというイメージが強い。そのような富士通が美容業界に関心を持った背景と今後の展開について、これまで「肌メモリ」のサービス開発を支援してきたコンサルタントの立場で解説したい。 2. 「肌メモリ」に対する2つの狙い 肌メモリを開発した狙いは、2つの未充足かつ強い生活者のニーズに応えることにある。1つは、生活者には、ただ肌状態を知りたいだけでなく、他人との比較によって自分の肌がどのような状態であるかを把握したいというニーズがある。富士通は、データをセンシング・蓄積することによって、このニーズに応えることを考えた。もう1つは、生活者には、“どうしたら肌の状態が良くなるのか”を知りたいというニーズがある。富士通は、収集したデータを他のデータとつなげて、さらに付加価値の高いサービスを実現することによって、この価値に応えようと考えている。後者を富士通は、コンバージェンスサービスと呼んでいる。 (1)スマホでセンシング・蓄積される価値 -他人と比較できる- 「他人と比較できる」という価値は、単なる肌画像から肌の状態を細かく定量化し、その数値を統計値や分布と比較できるという機能によって実現している。具体的に定量化できる項目は、直径15mmの円中の「毛穴の個数と直径」、「シミの大きさと濃さ」、「肌の色(明るさ・赤み・黄み[L*a*b*]」である。 これまでの専用の肌診断器を使ったサービスは、測定結果に対して、専門員の主観的な解釈が入ることが多かった。しかし、肌メモリは、クラウド上にすべての肌データを蓄積するため、統計値との比較ができるようになった。その結果、絶対的・相対的、両方の評価から自分の肌状態を理解できるようになった。ICTを活用したプラットフォームサービスだからこそ提供できる価値である。 また、これまでは、百貨店の化粧品カウンターなどで、専用の肌測定器を使わなければ得ることのできなかった情報を、生活者は手軽に入手することができるようになる。専用の肌測定器を使ったカウンセリングに対して、“他人に自分の肌を見られたくない”、“店舗まで行くのが面倒”、“何か買わないといけないプレッシャーがある”といったネガティブな意識を持った生活者にとっては、「自宅で手軽に肌状態を測定できる」というコンセプトに対する期待は大きいはずだ。 (2)コンバージェンスの価値 -肌への影響を把握する- さて、肌の状態はわかったものの、本来生活者が望むことは、どうしたら肌の状態が良くなるのか、ということである。肌の状態に影響を及ぼす要因は複数あると考えられている。例えば睡眠、疲労、生理周期、ストレス、食生活といった内的要因や、紫外線、乾燥、花粉といった外的要因がある。こうした要因もセンシングし、肌の状態のデータとつき合わせれば、どうして今の状態になったのか、今後どうすれば肌の状態が良くなるか、検討することができるだろう。コンバージェンスサービスは、これらのニーズに応えるサービスであると言える。 3. 睡眠は肌状態に影響するか 肌の状態に影響を与える要因の1つと考えられる「睡眠」は、その深さと特徴によって、レム睡眠とノンレム睡眠に分類できる。入眠すると、まずレム睡眠が始まり、しばらくすると深いノンレム睡眠のステージに入る。レム睡眠とノンレム睡眠はセットで発生し、平均的には約90分サイクルで繰り返す。 富士通総研では、富士通研究所が開発した画像解析技術と睡眠計測技術の2つのセンシング技術を活用して、睡眠と肌の状態に関係があるのかを検証してみた。実験は、数名のモニターに対して20日間行った。肌の状態は、「肌メモリ」を使い、毛穴と肌色の状態を計測した。計測誤差を最小限に抑えるために、撮影場所、起床してすぐに洗顔前など撮影環境を一定にして3回撮影し、その平均値を用いた。 睡眠の状態は、アクティグラフを用いて計測した。腕時計型センサーであるアクティグラフは、センシングされた体の動きから、眠りの深さを識別できる。一般的に、「入眠して最初の深い眠り(ノンレム睡眠に相当)が、肌状態に良い影響を与える」と言われている。そのため、入眠して最初の深い眠り(以下ノンレム睡眠と記す)の時間に着目した。 4. ノンレム睡眠の長さが美肌の秘訣 睡眠以外にも肌状態を変化させる要因があり、それらの要因を排除できなかったため、検証データとして完全とは言い切れないものの、ノンレム睡眠の長さが、毛穴や肌色に影響しているという結果を得ることができた。 具体的には、ノンレム睡眠の長さと肌の状態の間には、毛穴の大きさでは正の相関(相関係数R=0.312)が、肌色(a*:赤み)では負の相関(相関係数R=-0.505)が、肌色(b*:黄み)では正の相関(相関係数R=0.328)が確認できた。 毛穴個数と肌色(b*:黄み)に関しては、睡眠の長さとの相関係数がやや低いが、睡眠と各々の肌状態は、連動して動いていることが確認できる。 深い眠りが長いほど、起床時の毛穴個数が少なくなり、赤みが低くなる。“毛穴を引き締めたい”、“赤みを抑えたい”というニーズがある人に対しては、化粧品だけではなく、より長いノンレム睡眠ができる環境づくりのアドバイスをするサービスなどが考えられる。 5. ライフスタイルセンシングが実現する価値を求めて 睡眠以外の肌に影響を与える要因も、比較的簡単にセンシングできる技術が整ってきつつある。例えば温湿度をセンシングできるセンサーが搭載されたスマートフォンや、運動量や体組成を計測し、WEB上で管理するサービスも世の中には存在する。 肌状態の計測を中心とした美容関連のサービスは、睡眠という新たな市場だけでなく、その先にある多くの市場に対してビジネスを拡大することが可能となるであろう。ただし、ビジネスを拡大するためには、多様なライフスタイルをセンシングすること自体ではなく、どのような生活者の課題にセンシング技術などのICTを適応させるかが重要となる。富士通総研では、生活者の課題に応えるビジネス企画と技術開発の同時支援を行っており、今後もICTを活用したビジネス領域拡大に貢献して行きたい。 |
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